- レスリー・チャン
- 東京都葛飾区
- 出張買取

エーブック店長よりコメント
レスリーチャンのコレクションをよくお譲り頂きます。
そのコレクションの中に時々あるのがアニタムイ(梅艷芳)のDVD。

アニタ・ムイとレスリー・チャンは公私ともに深い絆で結ばれた『ソウルメイト』と言われていました。
共演映画も多くあります。
『ルージュ(胭脂扣)』
『縁分(Behind the Yellow Line / 縁份)』
『ボクらはいつも恋してる! 金枝玉葉2(Who’s the Woman, Who’s the Man)』
『アッシュ・トゥ・アッシュ(From Ashes to Ashes)』など。
アニタ・ムイとレスリー・チャンは同じレコード会社(華星唱片)に所属していた時期があり、新人の頃から共に海外ツアーを行うなど苦楽を共にしてきました。
二人の間で「もし40歳になってもお互い独身だったら結婚しよう」と冗談めかして約束していたという逸話は、ファンの間で語り継がれています。
彼女は「アジアのクイーン・オブ・ポップ」や「百変天后(変幻自在の女王)」と称され、今なお多くのファンに愛され続けています。彼女の魅力と功績について解説します。

アニタ・ムイの歌手としての最大の特徴は、アルバムやステージごとに全く異なるビジュアルやコンセプトを見せる圧倒的なパフォーマンス力です。
ある時はエキゾチック、ある時は中性的、またある時はゴージャスな貴婦人と、そのスタイルの幅広さは唯一無二でした。
深みのあるアルトボイス(低音)が特徴で、力強さと哀愁を兼ね備えた歌声は、香港ポップス(Canto-pop)の黄金時代を象徴しています。
歌手としてだけでなく、女優としてもトップクラスの実績を残しました。
『酔拳2』でのコメディエンヌ的な演技から、シリアスなドラマまで幅広くこなし、ジャッキー・チェン、チョウ・ユンファ、レスリー・チャンといった大スターたちと数多くの名作を残しました。
アニタ・ムイは業界内で「アニタ姉さん(梅姐)」と慕われるほど親分肌で、後輩の育成や慈善活動に非常に熱心でした。
また草蜢(グラスホッパー)などの多くのアーティストを世に送り出しました。

2003年、子宮頸がんを公表しながらも、彼女は「ステージの上で死にたい」という願いを叶えるために、全8公演のラストコンサートを強行。
そのわずか1ヶ月後の2003年12月30日に子宮頸がんによる合併症で亡くなりました。
レスリー・チャンは同じ2003年4月1日に急逝しており、この二人の香港の終焉を象徴するできごととして記憶されています。
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