バレンタインデーと篠山紀信撮影雑誌

ご依頼いただき、ありがとうございます!

エーブック店長よりコメント

おはようございます!

本日はバレンタインデイ。

女性から男性への愛の告白の日とされているのは日本だけですよね。

それも昭和30年代に入ってから盛り上がってきたようです。

今ではお正月があけると、デパートなどでは特設コーナーができての大イベント。

世の中の人も楽しんでいるようでいいですね。

バレンタインデーのチョコレートのルーツがこちらのサイトでまとめられていました。

http://www.chocolate-cocoa.com/dictionary/history/valentine/v02.html

「バレンタイデーにはチョコレート」のルーツ
日本では、バレンタインデーは女性から男性へ愛の贈り物として、チョコレートを贈る習慣がありますが、現在の形のバレンタインデーの始まりは、昭和30年代(1950年代)に入ってからのようです。 以後、多くのことが関係して「バレンタインデーにはチョコレートを女性から男性に」という習慣が定着し、今日のような盛んな行事になったようです。
朝日新聞1996年(平成9年)9月21日付け日曜版{地球「食材の旅」・カカオ}に日本のバレンタインデーのルーツが掲載されていますので、抜粋してみました。
 
  • 1958年(昭和33年)2月メリーチョコレート会社(東京)は新宿・伊勢丹の売り場に「バレンタインセール」と手書きの看板を出した。3日間で売れたのは30円の板チョコ5枚と4円のカード5枚だけであった。
  • 翌年ハート型チョコを作った。「女性から男性へ」という殺し文句を作ったのもその頃だ。
  • 1992年に聖バレンタイン殉教の地イタリア・テルニ市から神戸市に愛の像が送られた。神戸が日本のバレンタインデー発祥の地と分かったからという。
  • チョコレート会社「モロゾフ」(神戸)は1936年(昭和11年)2月12日に、神戸で発行されていた外国人向け英字新聞にバレンタインデー向けチョコレートの広告を出している。
バレンタイデーは盛んに
昭和30年代後半になるとバレンタインデーを積極的に売り出す動きも出てきました。
例えば、森永製菓では1960年(昭和35年)にバレンタイン企画を新聞広告などのマスコミを通して行ない、チョコレートの販売を促進しました。
この時期にはバレンタイデー用のチョコレートをお買い上げいただいた方々を劇場に招待したり、景品には当時大変貴重であった腕時計をプレゼントとするという新聞広告もありました。
各社がハート型チョコレートを発売したのもこの時期です。
多くのチョコレート会社が「バレンタイデーにチョコレート」の販売戦略を進めていくうちに、昭和40年代末から50年代にかけて、女性のこころを捉えて徐々に盛り上がり、今日のように盛んな行事になったと考えられます。

古本屋としてはバレンタインデーや節分の恵方巻きのように本をプレゼントして頂けるようなイベントができたらいいなぁと思っているのですが、なかなか浸透しませんね。

4月23日サンジョルディの日がありますが、なかなか流行りませんね。

サンジョルディの日はスペインのカタルーニャ地方にある親しい人に本を贈る記念日。

やはり食べ物がいいんでしょうか。

そういえばBOSSの日も盛り上がってませんよね。

今年はBABYMETALでできた友人からいくつか頂きましたがもちろんどれも義理チョコ。

そして妻からももらいましたが、これも義理チョコっぽかったです(笑)。

さて、先日、雑誌GOROの大量買取がありました。

GOROは小学館が1974年に創刊した総合男性雑誌。

篠山紀信撮影の女性アイドルの表紙、グラビア、ピンナップが毎号楽しみ。

特にTEENSの時にちら見するグラビアに興奮したものです。

雑誌GORO

思い起こしてみたら、少年時代に見ていたグラビアの大半が篠山紀信撮影のものだった気がします。

はじめて買った写真集「手塚理美 四季の花火」も篠山紀信撮影でしたし、写楽館も篠山紀信撮影。

激写135人の女ともだちも篠山紀信撮影でした。

写真家としての評価は高くないようですが、アイドルのもつ素直な可愛さを切取る技術は群を抜いていると思っています。

篠山紀信は矢沢永吉率いるキャロルや、坂東玉三郎などの男性アーティストを撮影するのも得意なんですが、ほとんど被写体は女性アイドルですね。

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